「ぼくの前から消えない境界線」#特集 #受験 #エッセイ

2017年2月23日

 
 
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▶︎特集「受験」

今週から、青春基地は「受験」特集はじめてみます。
中高時代では、なにより気がかりなこのテーマ。不安の渦を巻き起こす「受験」という不思議な試練を、いろんな角度から見てみたいと思います。今日からは、青春基地の大学生スタッフによるエッセイを連続して届けます。
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| ぼくの前から消えない境界線

 
隣の芝生は常に青い。「合格」の2文字を掴み取ってからが本当に苦しかった。
今まさに受験に挑戦している人、念願の大学への切符を手にした人には不思議で仕方がないかもしれない。でも、これが僕の本音だ。
 
 
僕が学ぶのは慶應義塾大学総合政策学部。キャンパスは神奈川県藤沢市、最寄りの駅から15分ほどバスに揺られるとたどり着く。この場所に行きたくて、高校3年生の僕は懸命にもがいた。2度のAO入試、高校3年の12月に突きつけられた「不合格」。それでも諦めきれずに、無謀だと知りながらも一般入試に挑戦した。
2ヶ月間、20年分の過去問を5回ずつ解き、他の学校へは目を向けずにひたすらSFCに向けた勉強を続けた結果、合格することはできた。ここで終わればハッピーエンド、良い話なのだが現実はそんなに単純ではなく、ここからが本当に苦しかった。正確に言えば、今も少しばかり苦しい。
 
SFCという場所には何かを持っている人が、誤解を恐れずに言えば他大学に比べて多いように感じる。日本で初めてAO入試を導入したキャンパスであり、今でも毎年倍率8倍程度のAO入試を切り抜けてきた人々が入学している。学生全体の内訳で言えば一般入試を突破して入学する人の方が多い、しかし大学1年生の頃からキラキラして見えたのは、決まってAO入試を突破してきた友人たちだった。
今までやってきたこと、大学生活でやりたいこと、将来の夢。どれをとっても自分は敵わない。進学校に通っていた自分の学力はそれなりにあったと思う。けれども大学に入学した途端に全く違う土俵へ引きずり出されて、そこでの勝負を求められた。
 
もちろん友人たちには悪気などない。彼らが感じ、思っていることをただただ言葉にしているだけだ。それでも、彼らが顔を輝かせながら語る一言一言が自分にぐさりと刺さる。劣等感でしかなかった感情はやがて、自分を駆り立てる原動力となった。「同じ4年間を過ごすのならば、僕もあちら側へいきたい。」
実際の世界には「あちら」もなければ、「こちら」もない。けれども当時の僕の中には見えない境界線がはっきりと引かれていた。
 
大学2年目、僕は休学をした。その後一度は大学へと戻ったが再び休学して合計1年半の遠回り。4月で大学4年目を迎えるが、まだ大学2年生の途中だ。
どうやら人は健康であれば100年以上生きるらしい、ならばこれくらいの寄り道は許されてもいいんじゃないかと自分を説得。本来であれば就職活動をはじめる年齢なのに、寄り道ばかりさせてくれる親には頭が上がらない。
「何がしたいの?」と問われれば、恐らく口ごもってしまう。とりあえずテンプレートは用意しているけれど…
 
「受験」という壁は高校3年の僕にはあまりに大きすぎて、その先を見る余裕など持つことができなかった。受験なんてただの通過点でしかなかったのだと、乗り越えて気づく。こんな話、ありふれていて新鮮味に欠けるかもしれない。僕も高校時代はとりあえず大学へ進めば、なんとかなると思っていた。けれども、これが僕にとっての現実だ。
 
大学に入ったからといってレールは敷かれていない、だからこそ自分から動くしかないのだと思う。
 
 
大学二年生(※休学) 千葉雄登
 
 
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▶︎18歳のわたし
オーストラリアに1年間留学してました。
最後の一枚は、クラスメイトでもあり、現在青春基地で一緒に活動しているまっきーと!

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感想をおくる
 
 
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▶︎特集「受験」エッセイ

 
第一話:わたしの人生、だれのもの?
第二話:孤独との戦い方について
第三話:人生の登竜門
第四話:ぼくの前から消えない境界線
第五話:擦れた受験体験記
第六話:大学受験のその先に
第七話:道しるべにする
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▶︎特集「受験」まとめ記事

第一弾:センター試験珍問題集 社会編 #特集
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事務局・千葉雄登

この記事は高校生ではなく、僕が執筆させていただきました!/青春基地ウェブ運営部ディレクター・慶應義塾大学2年