NPO大学第7回「挑戦と感動が人の行動を変えていく」NPO法人SET代表理事・三井俊介さん

2017年2月17日

第7回のNPO大学、ゲストを招いての開催は最終回。今回のゲストはNPO法人SET代表理事で陸前高田市議会議員を務める三井俊介さんです。
 

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三井俊介さん
NPO法人SET代表理事。震災後、支援物資を送る学生団体としてSETを設立。その後、就職せずに陸前高田市へ移住し、NPO法人として支援を続ける。2015年9月、陸前高田市議会議員へ立候補し当選。現在は陸前高田市議会議員も務める。
 

震災を機に出会った広田町、現地の声に後押しされ移住を決意。

 
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大学で開発協力についての勉強をしていた三井俊介さん。勉強だけのつまらない大学生活を変えるため、国際協力のための学生団体WorldFutを立ち上げて活動を行ってきました。WorldFutは日本国内でサッカーファンがサッカーをプレイするとカンボジアでサッカー選手を目指す子ども支援することにつながる仕組みです。
 
就職せずにカンボジアで起業することを志していた当時大学3年生の三井さんにとって、人生の転換点となった出来事が2011年3月11日に起こった東日本大震災でした。
電車も止まり、電波もなくなり、5時間かけて歩いて家へと帰った三井さん。家のテレビを点けると流れていたのは津波に流される人の姿でした。
 
いってもたってもいられなくなった三井さんと友人6人が集まり、今できることをやるために3月13日に設立した団体、それが「SET」です。物資の足りない現地と、物資を送りたくてもどこへ送ればいいのか分からない企業とをつなぐため、物資の仕分けと搬入を行ってきました。
 
3月のうちに500名の大学生と1000箱の物資を運んだSETが次に挑戦したのが現地でのボランティアです。「包括的に支援する!」という大きな目標を掲げ、入った陸前高田市で目にしたのは一面がれきの光景。まだまだご遺体の捜索もされているような段階だったといいます。自分たちの無力さを痛感しながらも、「家族みたいなもんだから、また来いよ」「全く関係ないやつがきたことで笑顔で過ごせたぞ」といった声に後押しされ、広田町のための活動を続けることを決意しました。
 

一人ひとりの『やりたい』を『できた』に変えてゆく

 

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広田町へ足を運び続けるなかで、「50年後、このまちはなくなってしまうかもしれない」という事実を知りました。人が減り続け、漁業が衰退している中で津波がさらなるダメージを地域へ与えました。それでも震災後、外から足を運び続けるSETの存在に勇気づけられ、このチャンスをどうにか生かして50年後も残るまちづくりをしようと頑張る現地の住人の言葉に、三井さんは心を突き動かされます。
「この町で生きていきたい」と広田町への移住を決断し、単身乗り込んで行きました。
 
「一人ひとりの『やりたい』を『できた』に変え、日本に未来に対して『Good』な『Change』を創る」というミッションのもと、一人ひとりに寄り添う活動を行っています。
取り組む課題は、高台移転に伴うコミュニティの問題や、若者流出の問題、産業衰退の問題、高齢化の問題など非常に多岐にわたりどこから手をつけるか非常に難しいのが現状です。だからこそNPO法人SETはこれらの問題に取り組みたいと思える人を育てることを目指して活動を行います。
 
「5年間、活動を続ける中で感じたのは挑戦と感動が人の行動を変えるということ。挑戦さえあれば、70歳の人でも変わります。」
 
自分たちの仕事がなくなることが実感しづらく、気づいたときには自分自身で何かを起こすほどの気力は持ちづらくなってしまう悪循環に今の広田町はあります。そんな中で「復興、まちづくりを楽しくやろう!」というメッセージを地元の人々から発信してもらうことは非常に難しい。だからこそ、外部から地域へと入る人々が楽しくやることを意識していく仕組みをつくりました。
 

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「今までは人口増加を前提に全てがつくられてきた。でも、これからはどう足掻いても人口減少社会へと移行していく。人が少なくなるからこそ、豊かに暮らせるような社会へしていかなくてはいけません。」
 
移住してくる人の数を増やすのではなく、良い移住者を育てて、彼らが移住していく流れを作っていく。目指すのは「縮充」した社会です。小さくなっていくからこそ、充実していく。そんな社会をつくるために、三井さんの活動は続きます。

事務局・千葉雄登

この記事は高校生ではなく、僕が執筆させていただきました!/青春基地ウェブ運営部ディレクター・慶應義塾大学2年