震災が起きた当時テレビで放送されていたあの津波に、まったく現実感がなかったことをよく覚えています。津波で家や車、船が流されているのがCGのように見えて、事の重大さにイマイチ納得がいきませんでした。
確かに都会の交通網はマヒしたものの、基本的には震災に戦々恐々していただけで、「津波」による被害については実感を伴わなかったんだと振り返って思いました。
しかし、私がいつもの日常に戻るのはとても早かったと思います。計画停電区域外でガス、電気、水道は震災前と変わらず使用出来ていましたし、いつの間にか変わらない生活を送っていました。
しかしなかなか変わらなかったのが祖父が送る、祖父の地元である南相馬への目でした。震災当時は片時もテレビの前から離れず、繋がらない電話をひたすら掛け続けていたのを今でも覚えてます。その姿を見る度に心が苦しくなって何もしてあげれない無力感に浸っていました。
その後ようやくあの震災について考えられるようになって思ったことは、「被災地を見てみたい。」ということでした。けれど、今更興味半分で行っても迷惑がかかるかもしれない、できることは何もないかもしれないと諦めていた部分がありました。
しかし5年目を迎えた今、意を決してこのスタディーツアーに参加してみようと思いました。
実際見て、感じて、触れて思ったこと。それは、「どんな時にこの場所に訪れても、少しずつ被災地は復興を遂げていく。3.11に一番近い状態で見ることが出来るのは紛れもなく今この瞬間なんだ。」ということでした。横浜にいてもあの震災当時の状態を感じるなんてできるわけがない。私は請戸小学校に訪れてビデオを回しながらそう思いました。
ガレキの撤去はほぼ終わっていて、五年間でここまで出来るのかと思いました。そして被災者の方々の前向きな気持ち、姿勢、言葉が胸に響きました。「マイナスをゼロにするのではなく、ゼロをプラスにする。」まさにその通りだと思いました。
そして帰りのバスで思ったこと。それは、「この東日本大地震を忘れてはいけない。風化させてはいけない。」ということ。当たり前かも知れませんが、心からそう感じました。そうでもしないと、私たちが当たり前のように過ごしている今に目を、意識を奪われてしまうと不意に思ったからです。
まだ私には何をすべきかわかりませんが、今回体験したことを周りの人に伝えていくことは出来ます。小さなことをコツコツと続けていけたらと思いました。