現地で聞いて、知って、感じて、考えた話

2016年9月9日

3月28日、ツアー1日目。まず結論から言うと、浪江町で見て感じたことを素直に書くとすれば、思っていたほど驚きや実感みたいなものを感じることはありませんでした。
というのも、小学校の状態は私のイメージした通りの「福島の東日本大震災」だったからです。むしろどちらかといえば、更地の方が私にとっては想像外、すごく悪い表現ですがそれは期待外れなものでした。あくまで更地なので何も実感が湧くものは残ってはいませんでした。
 
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だからこそ、あの五年前のままになっている小学校は、「これを待っていました」というような印象を受けました。たまにあった骨組みがむき出しの建造物などは被害の大きさを物語っていたとは思いますが、その間隣に無傷で残っている新築の一軒家などもあったため、なんとも複雑な気持ちでした。
ではなぜ私が更地や無傷の家をみて、本来良いことであるはずなのに、悪い意味ではなく変な残念感を感じてしまうのか、これは私が自分に抱いていたつっかかりでした。
考えた結果、若干大げさな表現ではありますが、おそらく私はこのツアーに参加したら、東日本大震災のあの惨劇をしっかり受け止め心の底からその苦しみ、悲しみを感じ、辛い思いをした人々と同じくらい自分ごとのように共感しなくてはいけないという強迫観念めいたものを持っていたのだと思います。 
 
もう一つ、どこかで思ったことを話さなくてはいけない場がきっとくることに不安を覚えていました。なぜなら、この東日本大震災というのはとても難解でまたデリケートなテーマだからです。そうすると、基本的に多くの感想はこうなりがちです。「来る前よりも実感が湧いて、悲しみを覚えた。だからこそこれを忘れずにこれからの人に伝えていきたい」と多少ずれはあってもだいたいこんな感じです。学校の宿題で感想を述べよとでも言われたら、きっと私はこう書くでしょう。このテーマは非常に感想が言いづらいです。こう言う他に方法がない気がするからです。だからこそ、この綺麗すぎる感想を堂々と言えるくらい共感しなきゃという焦りがあったのだと思います。
つまり、できるだけ早く悲しみを心から実感できるわかりやすい情景が欲しかったのです。
 
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ここで話が一番最初に戻りますが、正直な話、それは無理なことでした。身内や大事な友人が被害にあったとか、そもそも故郷が被災地だとか、そんなことでもなければ、かなり難しいような気がします。ただ念のために書いておくとすれば、なにも感じなかったという訳ではありません。ここは重要です。ただ人に感情で語れるほどにはなれなかったという話です。ここで次の課題が自分に降りかかってきました。
それは、では自分はなんのために行ったのかという問題です。使命感とか余計なものを取り除いて感情を整理してわかったことは、行っても完全に感じることは難しい上に、そんな中途半端にしか思いがない人間が感情を伝えようとしても、何も伝わらないということです。では自分にはなにができるのかを考え込みました。これは使命感からきているものではありません。
 
五年前、震災が起こった時から何か自分にできることがあればしたいという気持ちはありました。でも何をしていいか動き方もわからず、年齢や状況、また自分一人が動いたところで変わらないという理由をつけて、実は動くことから逃げてきたのだと思います。何かしたい、そう思っているから十分だと甘やかしていたのは事実です。
でも、今回参加するにあたっての目的の一つとして自分にできることを探すということがありました。この話が今回のツアーの私が感じたことの最も重要な部分です。
 
私がこのツアーに参加して一番良かったと思っているのは、実際に被災した方々や復興のために頑張っている方々の話を直に聞けたことです。
その中でも印象深いのは、夕食の際に加藤さんと幸輝さんから伺ったお話です。加藤さんは、「震災から5年たっても前をむけない人もいるし、やっと前に進み始めた人もいるし、最初から前しか見てない人もいる、本当に人それぞれだけど心のケアが難しい」そんな内容のお話をしてくださいました。
幸輝さんは、普段は明るく過ごしていて、でもあの惨劇を知っているからこそ友達にでさえも話したくても話しづらいという当事者にしかわからないリアルを教えてくださいました。
 
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そういう話を聞いて一番気付かされたことは、そもそも私は東日本大震災というものを一つの事件みたいな大きなくくりでしか見ていなかったということです。これからはもっと個人単位で目を向けられるようになりたいなと思いました。そもそも、一つの事件としてくくって見ている間は、東日本大震災というものを表面だけで捉えていて本質に全く目を向けられていなかったことをそこで気付かされました。そして自分が今までどれだけちゃんと向き合ってこなかったかを思い知らされました。
 
もう一つの気付きは知ることの大切さです。事前課題(※ほぼ日刊イトイ新聞「福島第一原発へ。」)は思ったよりずっとずっとこのツアーにさらなる深みを与えてくれるものでした。読んでいて自分はまだまだ知らないことだらけだと思ったし、もっと知りたいと思わされる記事でした。
内容が正確ではないのですが最後の横山さんがおっしゃった、何かしてくれなくてもいいから知ってくれるだけで嬉しいといった内容にもとても感銘を受けました。
現地の方の口から聞くことで、「知る」ということの大切さがストンと落ちてきた気がします。
  
たしかに実際問題、今の私たちが被災地の方々のためにできることは非常に限られると思います。そして今の私は何かしたいというのはおこがましいくらい情報量が少なすぎます。だからまず一歩、知ることから始めようと思います。加藤さんや幸輝さんの話、そして半谷さんや久米さんの話は私が今までどれだけ被災地の方々を一人ひとりとして目を向けてこなかったか、そしてどれだけ何も知らなかったかを思い知らされました。こういう現地の人々の話を聞いている時が、どんな時よりも福島の東日本大震災のリアルに触れている気がしました。おそらく私は目で見て感じる以前に知ることから始めるレベルなのだと思います。
この2つの気付きが今回のツアーの一番の収穫です。
 
これができるようになれば今よりももう少し辛い思いをした方々の気持ちに添えるようになれるかなと思います。東北、福島の魅力ももっともっとわかるようになると思います。そしたら、もう一度あの場所に行きたいです。そしてまた色々な方々に会ってお話を聞きたいです。
そしてこれは結論が出ていない思いなのですが、私たちは今回行ったからこそわかったこと、気づいたこと、感じたことがありました。その上でこれからどうしたいかが見えた人もいるかもしれません。
 
しかし被災地以外に住んでいる多くの人々は、仕方がないことだけど少しずつ意識の中から消えていってしまうと思います。
それを防ぐには知ることか行くことの二択だと思います。でもみんながみんな行けるわけではないし、きっかけがなければ行かない人が多いと思います。知ることも同様です。このタイミングでよほど思いがなければ、調べて知ろうとまでする人はなかなかいないでしょう。これは絶対やらなくてはいけないという訳ではないけれど、せっかくこのような機会を頂いたのだから伝えたいし知ってほしいなと思います。 
どんなに良い記事が書けたとしても読んでもらえるかわかりません。現に私がそうでした。だからそれが一番難しい問題だなと思います。まだどうしていいかはわからないです。でも自分が知ることをしながら、ゆっくり考えてみたいなと思っています。
 
最後に、今回このツアーを企画、運営、協力してくださった全ての方々に心から感謝いたします。

あーや

色々な人に話を聞いたり、知らない所に足を運んだりと、身近にないような初めてのことに挑戦するのが好きです。あと食べることが大好きです。少しでも想定外の未来を作っていけるように頑張ります。