ひとの数だけ

2016年9月9日

私は中学三年生になり、「高校進学」という事が現実的になってきて、将来のことを考える時間が増えました。ひとりでいるときには、大抵そういう内容のことを考えるようになっていました。友達との会話の中でも、高校や大学の話題が自然と多くなりました。将来の夢や、自分のやりたいことが決まった、という人も増えてきました。
そんな中、高校の部活も、夢中になれることも、将来の夢も見つからない私は、だんだんと焦っています。そして、「これからは、やる前から無理と決めつけないで、まず挑戦してみよう」と決めました。
 
私には将来のことや少し重い話まで、何でも話せる友達がいます。今回参加したきっかけは、その子に誘われたことです。もともと、彼女の参加しているいろんな活動の話をいつも沢山聞いていて、私も何か夢中になれることを学校外でも見つけたい、と思っていたタイミングでした。そんな時に声を掛けてくれたので、私は参加を即決しました、と書きたいところですが、実際は違います。正直迷いました。泊まりがけで二日間も、震災のことなどきちんと考えていなかった、他人事と捉えていた私が参加してもいいのだろうか、と思いました。
 
でも、せっかくのこんなチャンスを、いつもみたいに、ほんのちょっとの勇気がなくて諦めたくないと思いました。また、前にその友達に言われた、「らこは『学校の外で何かやりたい』って言ってるけど、自分から探そうとしてないじゃん。私だって、ふらふらしてて偶然この活動に出会ったわけじゃないんだよ。」という言葉にすごくはっとして、それがずっと引っかかっていました。だから、他の参加者の先輩たちのような立派な理由ではないけれど、参加を決めました。
 
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一日目、バスでの自己紹介が始まったとたん、みんなのコミュニケーション力の高さに私は衝撃を受けました。実を言うと、私は初対面の人と話すのが少し苦手です。年下や小さい子、赤ちゃんなどは仲良くなるのが得意なのですが、年上の方や大人と話すのは、すごく緊張してしまって特に苦手でした。自己紹介も、みんなに注目されるのも苦手でした。大勢の前で話す時、私はいつもどこを見て話せばいいのか分からなくなります。それなのに、今回の参加者の高校生の方達は、わたしと少ししか年齢が違わないのに、意識が高くて、話し方がものすごく大人っぽくて、私がいつも学校でふざけあっている友達とはかけ離れていました。そんな先輩方との話やミーティングは、話し方も考え方も新鮮なことばかりで、わくわくしました。
 
そんなことを考えている内に、バスは浪江町に入り、私にとって初の「被災地」と呼ばれる場所への訪問になりました。
私は、「被災地」は、閑散としていて、暗くて、みんな悲しいムード、そんな勝手なイメージを持っていました。もっとがれきが沢山あって、放射線の線度も高くて、全員仮設住宅で悲しみながら暮らしている、今思うとものすごく失礼な誤解ばかりのイメージでした。
 
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しかし、横山さんのお話を伺っていて、驚いたことが沢山ありました。まず、全体的に前向きなことです。特に「町のために」「自分たちがやらなかったら、誰が住民の声を聴くんだ?」とおっしゃっていた事がすごく印象に残っています。
また、夜のミーティングでも、こんなに人によって考え方が違うんだ、と驚いたし、すごく新鮮でした。加藤さんとこうきさんがお話してくださったことが、すごく印象に残っています。それは、「みんな普段は普通にしていても、本当は心のどこかで、『話したい』と思っている」ということです。確かに、と思いました。私も、自分ではへいき、大丈夫、と思っている事でも、誰かに話し始めると止まらなくなってしまうことがよくあります。そういう時、話し終わった後もやもやが消えていたり、少し解決した気になるから、話したいときに話せる環境というのは、すごく大切なんだと改めて感じました。
 
また、バスの中での長谷川さんや加藤さんや横山さんのお話の中で、政府の基準はとても厳しく、さらに福島の多くの地域はそれをクリア出来ているということを伺いました。私は、今まで放射能の問題を全然知らなくて、何となく危ないのかなあ、と思っていました。たぶん、私だけではないと思います。東京など、被災地と遠い場所に住んでいる人たちは、シーベルトとか言われても何となくとしか分かっていないと思います。
だから私は、もっとみんなが、福島は基準をクリアしているし危なくないということを知る機会があったほうがいいと思いました。そうすれば、福島に沢山のひとが訪れるし、美味しいお食事や豊かな自然など、福島の良さをもっと知ってもらえると思います。
 
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二日目、半谷さんは、とにかく前向きすぎてびっくりしました。けれど、震災の時は全く関わられていなかったのに、元東電役員という立場から謝ります、とおっしゃっていた時、ものすごくびっくりしました。けれどそのあとの半谷さんのお話の中で、「言い訳をしない、誠実さと謙虚さ」という言葉がでてきて、まさに半谷さんのことだと思いました。そして半谷さんのお話は、震災というよりも人生についてという内容で、アグリパークも自然がきれいなので、ここは本当に被災地?と思ってしまうくらい想像していたものとギャップを感じました。
 
久米さんは、「わたしは本当に普通の主婦だから」とおっしゃっていたけれど、私はそうは思いません。団体を立ち上げるなんて、普通の人にはできないと思います。また、東電を憎み、病気をされてから考え方が変わり、前を向けるようになった、という事が、私なら考え方を変えられずに憎み続けてしまうと思うし、病気をしたらもう心も立ち直れないと思います。久米さんは強い方だなと感じます。
 
とても長くなってしまったし、上手くまとまりません。でも、今回参加して良かったと本当に思えます。今回、震災のことだけではなく、沢山のことを学ぶことができました。ひとがいれば、ひとの数だけ思いもあるし、考え方も価値観も、同じ「被災者」「高校生」「大学生」というくくりのなかでも、本当に十人十色なのだと思います。
それに今まで、「知らないで」決めつけてしまっていたことが沢山ありました。始める前から無理と決めつけたり、福島のことも何も知らないくせに他人事にしてしまっていました。
また、ほんの少し勇気を出せばできるのに、その一歩をなかなか踏み出せずに、結局あとで後悔してしまう、そんな自分にとっても、「勇気を出せた」大きな一歩になった気がします。
「被災地」「被災者」=かわいそう、そう思われて他人事にされるのは、たぶんだけれど、福島や東北の方々にとっていちばん嫌なんじゃないかな、と思います。だからそうしないためにも、3.11以外のことでも、ちゃんと知ってから自分の意見を持てる大人になりたいと思います。